特  集

施しよりもしごとを!

中越地域の限界集落で「ごちゃまぜ福祉」を実践するNPO法人UNE

特定非営利活動法人UNE

代表理事 家 老  洋

特定非営利活動法人UNEは、「障害者も健常者も、高齢者も若者も全ての人が人間らしく、誇りを持って一生安心して暮らせる“ユニバーサル社会”を、農園芸作業を通じて構築し、そして、それを持続可能な“ユニバーサル社会”とし発展させていくことを目指す」という理念を掲げ、2011425日に設立しました。UNEとは、U:ユニバーサル、N:農園芸、E:えちご、の頭文字を取って命名しました。私たちが限界集落で日々奮闘している「ごちゃまぜ福祉」について紹介させていただきます。

□園芸福祉との出会い

私は大学で農業土木を学び、1983年から()国際農友会(現国際農業者交流協会)に勤務、1991年から7年間は国際農業者交流協会欧州支部長としてドイツで仕事をしました。1998年にふるさと長岡へ戻って測量の仕事に従事、1999年から2011年までの12年間、長岡市議会議員を務めました。

20041023日に中越地震が発生しました。市議会議員として、被災された方々のために東奔西走。ところが、行政やマスコミが注目したのは避難所や大被害を受けた現場ばかりで、障害者や介護を必要とする人たちは自力で避難所まで行けず、救援物資も暖房もない自宅で過ごしていました。まさに光が当たらない状況だったのです。

この現実を垣間見た時、「みんなのための政治」を口にしていた自分は「声を上げられない声の小さな人たち」のためにこれまで何をしてきたのだろうか、選挙を勝ち抜くには「声の大きい強い人たち」の声ばかり聞いてきたのではなかったか、社会的弱者の方々のためにすべきことは何かを考え直しました。そして、障害者のための園芸福祉を実現しようと、信濃川の広大な河川敷を借りて、障害者やその親たちと一緒に畑を耕し野菜作りを始めました。

その後、議員の任期満了を待って政界から身を引きました。20114月、NPOを発足させるとともに、空き家を改修して障害者の居場所施設である地域活動支援センターUNEHAUS(ウネハウス)を長岡市(旧栃尾市)一之貝に立ち上げました。

 

□中山間地の集落 一之貝との出会い

一之貝は人口300人、世帯数110戸余りの標高200mの雪の多い里山集落です。

活動拠点として一之貝を選んだ理由は、①施設として活用できる適当な空き家があった。②長岡の市街地や自宅から車で20分足らずと通勤に便利であった。

③障害者が取り組みやすい仕事である農業が盛んであった。④過疎化、高齢化が進んでおり、新たな活動が始めやすかった。⑤事業を支援してくれる人に巡り合えた。⑥これまで関係がほとんどなく心機一転して取り組めた。等でしたが、今日まで8年間、事業を継続してこられたことを考えると、この選択は正しかったと思います。

現在、UNEHAUSでは、障害者、高齢者、生活保護者、そしてUNEのスタッフなど20人近くの人たちが活動しています。

 

□半人前が農業と集落を守る

最初、一之貝の全ての人と初対面であり、障害者やよそ者が集落内で活動することを果たして受け入れてくれるのか?と疑心暗鬼なところもありました。また、村の人たちには「こんなに雪の多い所へ街から人が来ても、雪の多さに驚いてすぐに退去してしまうだろう」「村で農業をして生活するなどできっこない」など、随分と揶揄されました。しかし、われわれの理念や考え方を理解し、活動を強力に支援してくれる方々に巡り合えたことで、どうにかスタートを切ることができました。

開設当初、村の方々とはあまり関わらない、迷惑を掛けないような施設の運営を考えていましたが、開所して1カ月くらいのころ、施設に集まる障害者やスタッフの昼食を村の婆ちゃんたちに順番に作ってもらうことにしました。そうすると、「畑をやらないか」「田んぼをやらないか」「村の集まりに参加しないか」といったお声が掛かるようになりました。また、村の方々も来所され一緒にお昼を食べるようになるなど、人間関係がどんどん深まり、活動範囲が広くなりました。

UNEのモットーは「来るものは拒まず、去るものは追わず!」。お誘いは素直に受け入れ、2年目からは農業を主体とした事業を展開するようになり、3年目には法人として農業参入を果たし、翌年にはNPOとしては県内初となる認定農業者になりました。現在、中山間地農業の担い手として2ヘクタール余りの棚田と畑を耕作しています。

棚田での農作業は春先の水引きから始まります。耕起、田植え、稲刈りはもとより、刈払機で行う棚田の大きな畦(クロ)の草刈りは危険かつ重労働です。整備されていない水路や農道の管理にも随分と労力を要します。

しかし、きれいな水、豊かな自然に恵まれた一之貝は、おいしい米の産地としても有名です。市場より1割から2割程度高く取引されますが、棚田の収量は一般(平場)に比べて2割~3割ほど少なく、加えて労働生産性が低いため、トータル的に反当たりの所得は低く、農業所得だけでは生活できないのが現状です。

そのような背景から、付加価値のある作物として、一般では作られていない珍しい品種「亀の尾(酒米)」「従来コシヒカリ」「農林22号」「大正餅(餅米)」などを栽培し、また、綿が原材料のマルチシートを使った有機栽培米も手掛けています。とはいえ、昨年の夏の猛暑や干ばつには四苦八苦させられました。

また、加工場をつくって地場産の食材を使った漬物や地元名産の笹団子の製造もしています。さらに、それまで障害者、スタッフ、村の人たちだけで食べていた昼食を「飲食業営業免許」を取得して農家レストランに変え、いろいろな方々に「うねごはん」を食べに来てもらえるようにしました。

2014年には自家産米を使ってどぶろくを造ろうと考え、どぶろく特区を活用して長岡市における第1号の「どぶろく製造免許」を取得、『どぶろく雪中壱乃界』を醸造して、農家レストランや「道の駅」で販売しています。

また、泊まりがけで田舎生活や農作業を体験してもらったり、婆ちゃんたちの手料理やどぶろくを味わってもらったりするために、「簡易宿所営業免許」も取得しました。昨年(2018年)民泊新法が施行され、新法にのっとり近隣集落に民宿を開業したところ、予想もしない中国、韓国、マレーシアなどの外国人が泊まりに来られ、みんなでビックリしました。おかげさまでこれまで大きな問題もなくスムーズに運営できています。

4年ほど前、ある講演会で薬用酒メーカーの方と出会い、薬用酒の原料であるクロモジ(鵜樟)を探しているとの相談を受けました。一之貝の山林には自生のクロモジがあり、採取作業が稲刈り後の11月ころというので、メーカーと契約し、地域の山々に入って採取、出荷しています。また、クロモジの効能を調べたら、お茶やオイルとして活用できるとのこと。そこで2017年からクロモジ茶の製造販売を開始、さらにクロモジオイルを使った商品開発にも取り組み、間もなく販売する予定です。

このようにUNEHAUSに集う人々が好きな仕事をやることで、生きがい、やりがいを感じながら生産性を上げることを目標に、さまざまな「しごと」を興してきました。

UNEHAUSに集う障害者は障害年金、高齢者は国民年金、そして生活保護者は生活扶助費などの公的支援を受けているので、生産性の低い農業の少ない所得でも、それらと合わせることでどうにか生活ができています。言葉は適切ではないかもしれませんが、「半人前」がお互いを支え合い、力を合わせれば中山間地域の農業を担うことができ、そして集落を守っていくこともできると確信しています。

 

新たなチャレンジ:

農福連携を目指して

残念ながら今の農業は、米価をはじめとする農産物の価格は低迷し、相当のスケールメリットやコストパフォーマンスがなければ農業だけでは食べていけません。特に条件の悪い中山間地域では、農業はもはや生活できる産業ではなくなり、先祖代々の土地、集落を守り、伝統、文化、環境を守る事業になってしまいました。

集落に収入源となる産業がなければ、そこで働き、暮らす人がいなくなるのは当然のことです。今、農村で辛うじて農業が営まれているのは、高齢者の年金収入があるからで、受給前の60歳代以下や若者が農業だけで自活することは難しい。では、一体どうしたら農業に代わる新たな産業を農村に持ち込むことができるのか?

それは、農村の自然、生活環境、これまで培われてきた文化、コミュニティ、そしてスローワークの農業が、障害者や高齢者、生活困窮者をはじめとする社会的弱者にとって、非常に有用であるということです。UNEが目指す農福連携は、農村に福祉を持ち込むことで新たな仕事や雇用が生まれ、農業の担い手が確保でき、同時に人が増えれば集落のコミュニティも維持できるものと考えています。

具体的には、障害者や高齢者のケア施設や障害者雇用に特化した特例子会社等を誘致することで、そこに集う障害者や高齢者と一緒に農業や農村コミュニティを運営します。同時にそれらの方々を世話したり、介護したりする職員がそこに集うので、若者世代の仕事と所得が生まれます。加えて、農業で生産された産物は、それらの家族や親会社などが積極的に購入することで、売り先も確保され、安定的な農業経営が可能になると思います。

また、現在受け入れている障害者、生活困窮者、高齢者に限らず、今後はアルコール中毒者、触法障害者、引きこもりやニート、そして在日外国人などさまざまな人々の受け入れを行い、お互いに支え合いながら、笑顔で働き、安心して暮らすことができる「ごちゃまぜ福祉」のコミュニティづくりを目指しています。

長年、一之貝で暮らして来た爺ちゃん婆ちゃんたちの経験とスキルこそ地域の資源です。その資源をさまざまな人が共有することで、消滅の危機に瀕する集落をどうにか維持し、次世代にバトンタッチできるのではないかと思います。

人には「施し」よりも「しごと」が必要です。お金を与えるよりも、誇りを持ってやれる仕事を与える福祉政策に転換しなければならない時代を迎えています。そのようなモデルを作り上げ、全国各地に普及できたらと思っています。一之貝をモデルにした「二之貝・三之貝・四之貝」が全国各地にできることを期待しています。

 

特定非営利活動法人UNE

新潟県長岡市一之貝869番地

電話0258868121

E-MAIL  une-aze@yahoo.co.jp

ホームページ http://une-aze.jimdo.com/

 

写真キャプション

声の小さい人たちのために奮闘する家老洋さん。

中越地震が家老さんの人生観を変えた。

さまざまな人たちが集うUNEHAUS。

この棚田風景をいつまでも残したい。

農家レストランで、皆と一緒にいただく食事は楽しい。

クロモジを収穫してお茶に加工して販売を始めた。

これから先集落と里山、農業を守れるだろうか。

 

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