特  集

“まめちち”に社運を懸ける三重県津市の豆腐屋さん・横山史子さん

 

 横山史子さんとは3年前の10月、中津川市のサラダコスモで初めて会った。この日、ドイツの著名な経営コンサルタント、ハーマン・サイモン氏の講演会が開かれ、その夜、ちこり村で開かれた懇親パーティーで、偶然向かいの席に座ったのが史子さん・祥子さん母娘だった。初対面のあいさつを交わすうち、史子さんが島根県大田市の群言堂の松場登美さん(本誌読者)の姪御さんであることが分かって急速に親近感を覚えた。松場大吉・登美夫妻については今さらご紹介するまでもないが、アパレルの群言堂ブランドを全国展開するとともに、古民家を移築して過疎のまちににぎわいを取り戻した地域づくりのキーパーソンである。登美さんが、実家の豆腐屋さんの社長をしている姪は“男とは心中できないが、豆腐とならできる”と広言しているほど豆腐一筋の女性だと頼もしげに語っているのを聞いたことがある。

 昨年暮れ、史子さんからパッケージに“まめちち”と書かれた新商品が送られてきた。“まめちち”とは、はて不思議な名称だが、漢字で書けば豆乳である。試食してみると、なるほどこれまでの豆乳と違ってむしろヨーグルトに近い。がぜん興味が湧いたので、三重県津市の横山食品あのつ台工場を訪ねた。               (本誌・菅原)

 

生活のために祖母が始めた手作り豆腐

 迎えてくれたのは社長の史子さん、副会長で史子さんの母の教子(あつこ)さん、そして祥子さんの3人。

 豆腐屋さんといえば、大豆をふかす釜や豆腐を浸す水槽のある仕事場を想像してしまうが、横山食品はIC工場のクリーンルームを思わせる最新の製造機械が並ぶ先端工場だった。

 “まめちち”がいかにして誕生したかの前に、教子さん(77)が横山食品の創業について話をしてくれた。

「創業は昭和24年、母のかね子が始めたものです。父親は体が弱く、会社勤めは無理で家でさまざまな仕事をしていました。まだ戦後の混乱期で、記憶にあるのはアメリカから輸入した靴下をほぐしてモーターで繊維を巻き取ったり、ホタテ貝の殻に竹の柄を付けておたまを作ったりいろいろやっていましたが、どれも安定した収入にはならず、4人の娘を抱えて生活は苦しかったと思います。(ちなみに教子さんは4人姉妹の長女で昭和17年生まれ、登美さんは末っ子で昭和24年生まれ)。かね子は元手があまりかからず、自宅でできる仕事ということで始めたのが豆腐屋だったのです」

かね子さんは近所の豆腐屋さんから作り方を習って、石臼や釜など最小限の道具をそろえて豆腐作りを始めた。まだスーパーストアがない時代で、豆腐はパートの売り子さんが自転車に箱を付けて売り歩き、八百屋さんや魚屋さん、乾物屋さんなどに卸した。手作り豆腐は評判になって順調に売上を伸ばし、10年目には芸濃町(現・津市)一番の豆腐屋さんになった。

「豆腐は大豆と水とにがりだけで作る単純な食品ですが、それだけに大豆の浸漬時間や呉(大豆を潰して煮た時にできる汁)を絞るタイミング、にがりの量などで微妙に味が変わってきます。母は味覚が鋭かったのだと思います。当時は大豆を入手するのも大変な時代で、母は手で石臼を挽き、煮るのもガスではなく端材や木っ端など薪で焚いていました。母は4時ごろには仕事場に入っていましたが、私も小学校の高学年のころには5時に起きて、学校に行く前に手伝ったものです。昭和32年に中学を卒業するとすぐに家業に入ったのですが、豆腐だけでは家計を維持できなかったので、おからを餌にして豚も飼っていました」と教子さん。

そのころ三重県には300軒ほどの豆腐屋さんがあったが、県が主催する品評会で優勝したのでますます売れるようになった。やがて商売は軌道に乗り、工場を新築するまでになった。郵便局に勤務していた教子さんのご主人が昭和48年に横山食品に入社したのを契機に株式会社を設立し、かね子さんが社長に就任した。かね子さんが引退した後は、副会長の教子さんが現場で采配を振るい、ご主人が会長として帳簿を見た。

昭和50年には家を建て替え、1階を工場と車庫にし、住居を2階にした。このころ評判を聞き付けたのか、岡田屋から社名を変更したばかりのジャスコから発注を受けた。以後、ジャスコの発展とともに横山食品も大きくなっていった。

 

時代の変化にいかに対応するか

3代目の史子さんが横山食品に入社したのは平成元年、社長に就任したのは平成17年である。史子さんが教子さんからバトンを受けたころは年商5億円だったが、一昨年の決算では165千万円までになった。

 しかし、ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。かね子さん・教子さんの時代は日本の経済は成長期で、品質のいいものを出せばそれなりに売上は伸びた。しかし、平成になって環境は大きく変わった。

イオンさん(旧ジャスコ)が大きくなるに連れ、わが社の売上も伸びましたが、しかし要求も高くなってきます。わが社は品質や納入期日の厳しさに応えるために必死でした。厳しいハードルをクリアするための工夫と努力がわが社を成長させたのだと思います」と史子さんは語る。厳しい条件をいつもチャンスと捉え、イオン基準に合う商品を納入するために史子さんは奮闘した。

しかしながらここに来て、カット豆腐の売上は低迷している。豆腐は日本人の国民食だから盤石の地位を得ているものと思ったら、そうでもないらしい。

「うちが落ちているというよりも、カット豆腐全体の売上が下降気味なんです。大きな原因は食生活の変化です。家族の人数が減って少量の包装のものが好まれるようになり、毎日買い物せず週1回まとめ買いをするようになりました。横山食品の豆腐は1400gと大きく、老人世帯では食べきれないんです。それに賞味期限が4日と短いのもネックになっていました」

食品流通業界には3分のルールという頭の痛い商習慣がある。食品の製造日から賞味期限までを3分割し、納入期限は製造日から3分の1の時点まで、販売期限は賞味期限の3分の2の時点までを限度とするもの。販売期限を過ぎたら廃棄される。

最近の豆腐メーカーは賞味期限を延ばすために出来上がった豆腐をボイルしたり、初めから容器に豆乳とにがりを入れて固める充填とうふを出荷するところも増えてきた。この製法は手に触れることもなく衛生的で賞味期限も延びる。史子さんは、出来上がったカット豆腐をボイルして賞味期限を延ばすか、大豆の風味を生かした昔からの味を守るべきか悩んだ。

「食生活の変化に合わせてボイル装置を導入して賞味期限を延ばすという選択肢もありましたが、そうするためには1億円ぐらいの設備投資が必要になります。ボイルは最終工程ですが、私はどうせリニューアルするなら前工程にも最新の機械を入れたいと思いました。そうなると10億円以上の投資になります。長年の顧客の信頼をつなぎとめるために味はいいけれど消費期限の短いカット豆腐を作り続けるべきか、ボイルして賞味期限を延ばすべきか、私は非常に難しい経営判断を迫られました」

従業員が100人を超え、昔とは比べられないほど責任も重くなっている。史子さんは眠れぬ日が続いた。さんざん悩んだ揚げ句に出した結論が、豆腐の製造を一時ストップしても、新商品開発に全力を注ぐべきだということだった。この決断を支えたのは、ちょうどそのころ開発担当者が偶然“まめちち”を発見したことである。

 

かつてない新商品

“まめちち”のデビュー

「担当者は豆腐でもない豆乳でもないものを作ってしまって、困って私のところに駆け込んできたのですが、私にはピーンと来るものがありました。現在市販されている豆乳は飲みやすいように塩や砂糖を入れて調整したものや、限りなく牛乳に近づけるために均質機(ホモジナイザー。牛乳などの成分を均質にするために攪拌する機械)にかけたものが主流なんですが、偶然生まれた“まめちち”は、限りなく豆腐の味のする豆乳だったのです」

 史子さんの決断に、60年間豆腐一筋に生きてきた教子さんは反対だった。豆腐あっての横山食品だと信じている。しかし、社長の史子さんは時代に合った商品を投入していかなければいけないと思っている。現在、年商165千万円のうち豆腐の売上は25千万円、油揚げ、がんもどき、厚揚げなどが堅調な今だからこそ、新規事業に挑戦しなければいけないと史子さんは決断したのだった。

「ちょっと宣伝させてもらえば、“まめちち”は単独で飲んでも飲みやすいのですが、料理に使う時は手を汚さずに取り出せるようになっています。和え物などに使う時は豆腐をつぶす手間がなく、封を切ってそのまま野菜に混ぜられます。 “さらさら”と“とろとろ”の2種類発売したのですが、さらさらは牛乳感覚で飲んでもらえるし、とろとろはおしょうゆやショウガを入れれば紛れもなく豆腐ですし、ハチミツやジャムを入れればヨーグルト風でもあります。しかもカロリーなど栄養成分は牛乳よりも高く、健康と美容に意識の高い方にはぴったりの飲み物なのです。牛乳はカルシムが高く成長期には絶対必要なものですし、お肉の動物性たんぱくもバランスよく摂取するべきだと思います。それにプラスして“まめちち”を食卓に並べてもらえたら幸せです」と、史子さんは“まめちち”の魅力を熱く語る。

 本誌の熱心な読者である登美さんのためにも何としても“まめちち”に成功してもらいたいと思っている。それに教子さん、史子さん、祥子さん3代続けてお婿さんをもらっている家系で、祥子さんの娘の紗和ちゃん(1歳)が後継者になったら、かね子さんから数えて女系5代の豆腐屋さんということになる。NHKの朝ドラのモデルにもなりそうな家族ではないか。

 無名時代のアイドルの隠れた才能を見抜いて応援したり、大活躍する前のスポーツ選手を発掘したりするのはサポーターのひそかな楽しみである。無名時代の“まめちち”がヒット商品になるかどうか、今から注目してみませんか。読者先着10名様に“まめちち”をプレゼントいたします。氏名、住所、年齢、電話番号を明記の上、左記までご応募ください。応募条件は、試食した感想をご返信くださることです。

■〒514-0131 三重県津市あのつ台5丁目2-3

 株式会社横山食品 あのつ台工場 横山史子宛

 TEL 0592333005 FAX 0592333015

 

 

写真キャプション

 

 いすに座っているのが教子さん、後左が史子さん、右が祥子さん。

 

 創業時の横山家の家族写真。後列の着物姿が創業者のかね子さん、

  前列でしゃがんでいるのが教子さん、祖父に抱かれている赤ちゃんが

  史子さん。

 

 “まめちち”を作っている横山食品あのつ台工場

 

  横山食品が社運を懸けた新商品“まめちち”。

  とろとろ豆乳は80g×7袋 1360円(税込)。

  さらさら豆乳は120g×7袋 1360円(税込)。

 

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