特  集

組織や立場を超えたしなやかな早朝の勉強会

『霞ヶ関ばたけ』を主宰する松尾真奈さん 

 本誌の編集会議で、「農林水産省の若手女性官僚が面白い勉強会を開いている」と企画提案されても、あまり興味が湧かなかった。本誌は“官僚”という言葉に付随するもろもろのニュアンスが好きではないのである。“キャリア”“ノンキャリア”という言葉にもいい感じを持っていない。どこか古くさくて悪しき序列社会の残滓のようなものを感じてしまうのである。

 しかし“百聞は一見にしかず”、思い切って参加してみたら、つまらない先入観はたちまち吹き飛んだ。会の雰囲気は若々しく、自由で率直だった。忖度や癒着というネガティブなイメージはまるでない。時代は変わりつつあると実感した。

この勉強会を主宰しているのは、1歳半のお子さんを連れて出勤している松尾真奈さん。子育てと仕事は両立できるのか、女性の社会進出と働き改革が叫ばれている中で労働環境は本当に改善されているのかーー。昨年出産した真奈さんの働き方を取材した。

(本誌・菅原)

 

 

早朝に集まってさっと散るおしゃれなコミュニティ

 『霞ヶ関ばたけ』は隔週の水曜日、朝7時半から東京・虎ノ門の金融庁が入っている霞が関コモンゲートで開催されている。参加費は1000円、コーヒーもお菓子も出ない。本誌が926日に参加した第134回は特別に試食が出たので1500円。毎回、参加者の自己紹介の後、食や農林水産業に関わる仕事をしているゲストが30分ぐらい話して、質疑応答がある。その後、時間があれば名刺交換を行う。最近は参加者が増えて、自己紹介の時間が取れなくなったのが悩みの種だという。

 当日のゲストは、株式会社ukkaの村瀬峻史さん。この会社は「100年後に続く食と農のあるべき形を創る」をミッションにしていて、生産者の販売サポートや商品企画に取り組んでいる。参加者を眺めてみれば圧倒的に若い。ほとんど2030代のようである。

 松尾真奈さん(29)に、会の趣旨を聞いた。

「役所には膨大な情報が蓄積されているといっても、最新の情報に疎いところがあります。特に、小さなプロジェクトや若い人が取り組んでいる進行形の活動を意外に知りません。私は役所とはまったく関係なく、個人的に興味を持った志のある人のお話を聞いてみたいんです。組織や立場を超えて、食と農林水産業、地域における課題の解決を目指すコミュニティを育てていくのが目的の会です」

 霞が関の各省庁では、審議会とか委員会を開催し、いろいろな立場の人を招致して話を聞いているけれど、呼ばれる人はその道で功成り名を遂げた人物や専門家、学者であることが多い。これでは社会の細かな胎動を把握できないのではないかと思っていたが、「霞ヶ関ばたけ」は、実績はなくても真奈さんが直観的に面白いと感じた人に来てもらっている。この勉強会には、省庁の人とコネをつくって、会社へ利益誘導を考えている古い感覚のビジネスマンはいないようだった。

 この会は真奈さんの先輩が始めたものだが、その先輩が英国に留学したので、3年前に受け継いだ。現在134回だが、100回ころから彼女が代表を務めている。

 参考までに過去5回のゲストも記してみる。

・第133回 オランダ農業から考える農業の未来:齋藤祐介(PLANT DATA株式会社)

・第132回 NINOFARMが仕掛ける「食と農の心の距離を近づける」取り組み:NINOFARM(農林水産省や広告会社等に勤める若手社会人5名のチーム)

・第131回 森林・林業白書を通じて伝えたいこと:田中生(林野庁企画課)

・第130回 二地域居住の可能性?これからの豊かさを考える?:田中佑典(総務省地域政策課)

・第129回 クックパッドが考える食や料理を通じた社会課題の解決:岡根谷実里(クックパッド株式会社)

 大体この会の性格をお分かりいただけたかと思う。

 真奈さんは農水省に入省して6年目、最初は経営局に配属されて農地制度の改革を担当したが、3年目に異動して現在は林野庁林政部木材利用課で、国産材の普及を担当している。

「国も国産材の普及のためにいろいろな取り組みをしていますが、いまひとつ成果が上がっていません。従来の制度や取り組みでは限界があるのかもしれません。私はもっと国も地方公共団体も民間企業も一緒に知恵とリソースを出して問題解決を図っていく必要があると思っているのですが、今すぐこうすれば良いという答えは出ていません。この勉強会を継続しながら、そうした問題解決のヒントを見つけたり、仲間をつくったりしたいと思っています」

 参加者は国家公務員、新聞社、NPO、金融、シンクタンク、大学生、フリーランスと幅広く、誰もが会社の命を受けて参加しているのではなく、個人の好奇心、自由意思で出席しているようだった。

  

子連れ出勤のママさん国家公務員

 真奈さんは、毎朝7時に1歳半の玄くんを抱っこして出勤する。よちよち歩きはできるが満員電車では押しつぶされるので、抱っこひもで胸に抱える。勤務は9時半からだが、農水省にある事業所内保育園の「アソシエナーサリー霞が関」に預けるために早めに家を出る。

「ここの保育園は霞が関で働く職員と千代田区の住民のために農水省が整備した私立の認可保育園で、7時半から18時半まで預かってくれるので助かっています。保育園開設のころ、ちょうど私は『木育』を担当していたので、どのような木質空間が子どもたちにいい影響があるかなど、アドバイスさせてもらいました。基本的には自宅近くの保育園に預けるのが良いと思っていたのですが、住居のある文京区の保育園はどこも入れず、職場の保育園に入れてもらってとても助かっています。農水省の建物の一角にあるので1815分の終業のベルを聞いてから駆け付けても十分に間に合うのです」

 真奈さんは京都出身、ご主人も大阪出身で二人とも実家は関西のため、親の手を借りることはできないという。

「私の所属するチームの上司も子育てしながらの勤務経験のある女性ですし、課長も女性ですので、周囲からとても配慮いただいていて、働きづらいということはまったくないです。むしろ感謝しています。職場の懇親会には子どもと一緒に参加する時もありますが、みんな温かい目で見てくれます。困るのは、子どもがしょっちゅう熱を出したり、風邪をひいたりするのですが、そういった場合は保育園に預けることができないので、病児保育していただけるところが圧倒的に足りていないように感じています」

 ちなみに課長というのは、古くからの本誌読者の長野麻子さん。126号にご登場いただいたが、欧米式の過度の競争社会は日本に合わず、もっと多様なものに価値を見いだすべきだというのが持論の官僚らしくないフランクな女性だから、真奈さんにとって最良の上司に違いない。

 

 共働きとなるとご主人の協力は必須である。

「うちの主人は、子どもの保育園の送り迎えから料理、家事も得意なので非常に助かっています」

 ご主人の力さんとは京都大学法学部の同級生である。彼は経産省に入省したが、3年前に民間に転職してしまった。その転職先が印刷会社と聞いて驚き、何か爽やかなものを覚えた。官僚の転職先は、幹部ならば財団や所管していた大企業への天下り、若手は投資顧問やコンサルティング、シンクタンクや弁護士事務所や大学というのが一般的だが、斜陽といわれている印刷業界に転ずるのは珍しい。よほどチャレンジ精神の旺盛な人物に違いない。

「そうなんです。主人は少し変わっているんです。印刷業が斜陽なのではなく、伸びる会社と伸びない会社があるだけだと言っています」

 最近、有能な若手官僚の離職が問題になっている。入省年次と学歴に縛られる省内の雰囲気に嫌気が差して飛び出す人が多いらしい。

 真奈さんは、平日の朝は玄くんと一緒に6時ごろ起床する。身支度を整えて、 家を出るのが710分ごろ。息子にはパンとフルーツと牛乳など、手がかからないもので時間を節約する。

「私自身は基本的には食べずに出勤しています。740分に 農林水産省の保育園に到着して、預けてから、私は8時ごろに虎ノ門のカフェで『霞ヶ関ばたけ』の打ち合わせをしたりして、915 分に出勤。 昼ごはんは同僚や友人と打ち合わせを兼ねて外食することが多いです。1815 分に勤務が終わって、保育園にお迎え。1910分ごろに 帰宅して、夕食・お風呂・遊んで22時ごろ寝かしつけるのですが、体力があってなかなか寝てくれないのが悩みです。私は後片付けしたり、保育園の用意やいろいろな用事をこなして24時ごろ就寝しています。

 二人ともフルタイムで働いているので、家事の役割分担についてはよく話し合っています。例えば、洗濯に関しては、私と息子のものは私がやっていますが、夫のものは自分でやってもらっています。あとは息子の送り迎えの分担を前の週に決めておいて、迎えに行ったほうが息子の寝かしつけまで担当することになっています。平日の夕食は前もって作っているのですが、夫が作ってくれることが多いです。夫も育児・洗濯・料理・掃除、あらゆる家事ができるので、何となくの役割を決めておきながら、できなかった部分については助け合っています。洗濯は週末にまとめてしていたのですが、今は息子の着替えなどがたくさんあるので、週3、4回洗濯機を回しています。掃除は基本的には土曜日ですね。買い物をする時間がないので、基本的には、パルシステム(生協)で週1回、週末に注文しています。それにプラスして、週末に近くのスーパーやお肉屋さんで買い物をしています」

 

二家族によるシェアハウスのライフスタイル

 真奈さんのライフスタイルで珍しいのは3LDKのマンションを二家族でシェアして生活していることだった。学生が部屋をルームメートとシェアしているのはポピュラーだが、家族同士で同じマンションの同じ部屋に住んでいる。

「シェアハウスとして造られた部屋ではないので、リビングは共同ですが、それぞれ一部屋ずつ分けて住んでいます。トイレ、風呂は一つですから交代で使用します。冷蔵庫は2台ありますが、洗濯機は1つです。棚はそれぞれ自分たちの場所が決まっています。テレビはみんな見ないので、所有はしているのですが、押し入れにしまってある状態です」

 シェアハウスの利点は、家賃が半額で済むところにある。電気代、光熱費、管理費なども半分ずつ負担。郊外まで行けば家賃は安くなるけれど通勤が大変、都心なら通勤は楽になるが家賃は高い。同居している相手夫婦とは2年前に知り合って意気投合したので一緒に住むことにしたという。家主には、二家族で住みたいと了解をもらって入居したが、独身ならいざ知らず家族同士のシェアは非常に不思議がられたという。

「キッチンは一つですので、一緒に立つことがありますが料理はそれぞれ別に作ります。たくさん作った時はシェアをしたり、タイミングが合えば一緒に作ったりしています。また週末は『おうちバル』と称して、友人を呼んでみんなでごはんを食べることもしょっちゅうやっています」

 真奈さんの仕事への取り組みも日々の暮らし方も柔軟性に富んでいる。OECDの調査によれば日本の女性の社会進出は相変わらず低いが、真奈さんのフレッシュな感覚が旧態依然としている社会に突破口を開けてくれるような気がした。

 

写真キャプション

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 一人息子が満員電車で押しつぶされないように、ラッシュになる前に出勤している松尾真奈さん。

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“業種の違う人たちが出会って化学反応が起きるのが楽しい”という、早朝の勉強会『霞ヶ関ばたけ』。

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個人の自由意思で参加しているせいか、会の雰囲気もおおらかである。

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真奈さんのフットワークの軽さが、官と民の垣根を低くしている。

 

 

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