●今年は連日35度を超える猛暑日が続いて、クーラーをつけなければ居ても立ってもいられない日が多かった。電力節約のためには冷房は入れないほうがいいと頭では分かっていてもどうにも我慢ができない。化石燃料の輸入が大幅に増えて貿易収支が悪化するかもしれないという思いがちらっと頭をかすめるもののリモコンを手放せなかった。

そして、はっと自分は年を取ってから我慢強さがなくなっていることに気が付いたのである。

●子どものころは空調という便利なものがなかったから暑さ寒さを我慢した。自販機もなかったからのどの渇きも我慢した。子どものころを漢字で表現すると“我慢”の二文字である。おやつというものがなかったから、晩ごはんの前はいつも空腹を我慢していた。ソフトクリームが出てきたころだったが、高かったから我慢させられた。どんなに疲れていてもタクシーなどはもってのほかで、よく歩かされた。自転車やギターは欲しいと口にも出せなかった。よくこれでグレずに大人になったものだと自分でも感心する。“欲しがりません勝つまでは”の時代は終わっていたけれど国民はまだ一様に我慢していた。しかし、貧乏だったという記憶はまるでない。ごく一部のお金持ちを除いてみんな貧乏だったから、我慢することは当たり前だった。

●我慢につぐ我慢の少年時代に比べて、今はのどが渇けばすぐ冷蔵庫を開けて冷えた飲み物を口にする。こらえ性がなくなってしまった。国は我慢強さを喪失した老人に寛大である。電力を節約しろと言わない。熱中症になる前に早めに冷房を使えという。体に異常を感じたら早めに病院へ行くことを勧める。社会保障費が危機的状況になっていても、国は老人に優しい。

日本人は質素が似合う民族のはずだったが、いつのころからか浪費癖がついて、良家の坊ちゃんの真似をするようになってしまった。じっと我慢で育った子が我慢できなくなった時、何かよからぬことが起きるような予感がする。

国民の我慢強さが希薄になったが、政治家も我慢が足らない。これ以上国会議員は要らないはずなのに政府は参議院の定数を増やした。国民と国家がつるんで今が安穏ならばそれでいいと思っている。こんなことを考えているものだから、熟睡できず、寝苦しい夜が多かった。

●「老」に関係してもう一つ気になっていることがある。時々、自民党の長老議員が人口減少を憂えて出生率に言及することがある。女性が子どもを生まないようでは国家衰亡に関わるという。子どもを生まない女性は身勝手だとでもいいたげなのである。長老議員の頭の中は、戦前の“産めよ増やせよ”の時代とあまり変わっていない。子どもを産んで育てるのが楽しく、幸せを感じる社会ならば国が何も言わなくたって女性は子どもを産むだろう。今は子どもを育てにくい世の中だから躊躇しているのである。時代錯誤的な発想をする議員が多いのが気になる。国家繁栄のために子どもを産みたいという女性がいたら、それこそアブナイ女性である。

●「老」の話題をもう一つ。私事で恐縮だが、免許更新で認知症検査を受ける年になってしまった。何の脈絡もない4枚ひと組の絵を4種類、計16枚の絵が大型モニターに投影される。万年筆、飛行機、レモン、コートのように関係がないものばかりだから連想を働かせて記憶しようにも手掛りがないから苦労する。数分後にどんな絵があったかを思い出して書かなければならない。意外とこれが難しい。高齢者講習だから試験を受ける人は白髪や禿頭の人が多い。「問題用紙はまだ開けてはいけません」という教官の指示を無視して、堂々とめくってしまう人もいた。耳の遠い人だった。

高齢者の事故があとを絶たないからこのようなテストも仕方がない。試験官の話によると、高速道路を逆走して事故を起こした老人の車に車載カメラがあったので、警察が再現してみたら、“何でみんな反対から走って来るんだ! 危なくて仕方がないじゃないか!”と怒鳴っている声が録音されていたという。

自分が間違っているとは思わず、相手がおかしいと思う暴走老人の感覚は最近至るところで目につく。理事長や会長という肩書の人に多い。文化人、知識人と呼ばれている人にもこの種の人たちはいる。「新聞は1紙を除いて、全部反日的である。NHKもケシカラン」と憤慨している言論人もいた。高速道路を逆走している老人に似ている。

●認知症検査は辛うじて合格したので、あと少しだけ『かがり火』の発行に全力を尽くすつもりです。ご支援のほどお願い申し上げます。(K.S)