特  集

 杉原学のちょっとゆるめな連続対談

「そんな生き方あったんや!」

第7回ゲスト 絵はんこ作家 あまのさくやさん

 今回ご登場いただくのは、東京を中心に活動されている絵はんこ作家、あまのさくやさん。2010年に「さくはんじょ」(「さくや」が「はんこ」を作る「ところ」)を立ち上げ、主にワークショップ、はんこ雑貨の販売のほか、雑誌や書籍の挿絵はんこ製作などをされています。「絵はんこ」は「消しゴムはんこ」のことですが、そう聞いてすぐ「ナンシー関」の名が浮かぶ方は、僕も含め、ある世代以上ということになります(笑)。

 杉原があまのさんと初めて会ったのは、渋谷の街をキャンパスにして公開講座などを行うNPO「シブヤ大学」でのボランティアスタッフの集まり。本名である「天野咲耶」の由来を聞くと、『古事記』に登場する神様、木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)からきているとのこと。しかも苗字が「天野」という、ちょっと「神ってる」名前がとても印象的でした。

 そんなあまのさんに、絵はんこ作家になったきっかけや、そのマルチな活動ぶり、そしてこれからやっていきたいことなどを伺ってきました。

■複数のことをやれる時代

杉原 生まれは確かアメリカですよね。

あまの そうなんです。父の仕事の都合で、1歳までカリフォルニアに。そこから日本に帰ってきて、7歳から10歳まではボストン。向こうの学校は勉強が厳しくて、けっこう高度なことをやらされましたね。小学3年生で自分史を書くんですよ。

杉原 え、小3で自分史?

あまの うん。どこで生まれてとか、聞き取り調査もして。論文みたいに章立てして、注とかもちゃんと入れるんですよ。

杉原 じゃあ「結論」もあるわけですか?「結論。生まれてきてよかった。」みたいな(笑)。

あまの ははは。最後は「Thank you」的なことで終わったんじゃないかな。他にも絵本を作ったり、時事問題をテーマにプレゼンしたり……。

杉原 レベル高いな!

あまの もう泣きながらやってましたね(笑)。それで小学5年からまた日本に帰ってきたんです。そのころは「漫画家になりたい」とか、卒業文集には「小説家になりたい」とか書いてました。

杉原 やっぱクリエーターなんや。

あまの その時は普通に少女漫画が好きでしたけど、昔の漫画家って、ほんとにすごいじゃないですか。デザイナー、ライター、イラストレーターとかを、全部ひとりでやってるようなもので。

杉原 「ひとり総合芸術」ですよね。

あまの そうそう。エネルギーがハンパじゃない。手塚治虫、藤子不二雄、赤塚不二夫がすごく好きになって、ちょっとずつ買い集めてますけど。偉人たちの仕事がすごすぎて。作品量がすごい。

杉原 一流の人に話を聞くと、「大事なのは才能じゃなくて量だ」って言う人が多いらしいですね。

あまの あー、量なんだ。

杉原 「自分に才能なんかない。とにかく量をたくさんやっただけ」って。確かに言われてみれば、すごい人で量が少ないってあんまりないですよね。藤子不二雄のデビュー前後の作品とか、正直あんまり面白くないんですけど(笑)、でもやっぱり描いてるんですよね、たくさん。

あまの 確かに。やり続けるのが大事っていうか。この間、イラストレーターの人にインタビューしたんですけど、その人もやっぱり、「イラストレーターになった人っていうのは、イラストをやり続けた人で、それ以外の何物でもない」って言ってましたね。学校のイラスト科を卒業しても、イラストレーターとしてやっていく人は15人中2人ぐらいで、やり続けた人だけがそうなるっていう。

杉原 なんぼ才能あっても、やめたらそこで終わりですもんね。もちろんそれはそれで、別の道につながってるんですけど。

あまの そうそう。まあ就職したって、やろうと思えばできることもあるし。バランスの問題だとは思うんですけどね。

杉原 複数のことを同時にやれる時代になってきたし。

あまの うん、そういう人も増えてますからね。ミュージシャンだって、専業の人なんてかなり少ないですもんね。けっこう売れっ子でもサラリーマンですよ。

■絵はんこ作家になったわけ

杉原 何で絵はんこ作家になったんですか?

あまの それよく聞かれて、いつもうまく答えられないんですけど(笑)。2008年ぐらいに、ナンシー関(著名人を描いた消しゴム版画で、独自のテレビ批評を展開したコラムニスト)とは別路線の、ゆるやかな「消しゴムはんこブーム」みたいなのがあって、はんこ作りに興味を持ち始めたんです。そのころ、就職1年目で、ブラック企業に勤めてたんですよ(笑)。仕事がキツいから、外で解放したいっていう気持ちがすごくあって。だからシブヤ大学にもけっこう行ってたんです。仕事以外の楽しみを見つけないと、どうにかなっちゃいそうだったんで。はんこもそのころに始めてるんですよね。気分転換くらいの軽いノリで。

杉原 ブラック企業はやっぱりキツかったですか。

あまの キツかったですね。ウェブ広告の仕事だったんですけど、成果主義なんで、何個売れたとか全部数字で表示されて。残業もめちゃくちゃしてたし。できる先輩から辞めていくので、その仕事が全部新卒に降ってくるという、地獄のような環境で。でも「3年は続けないと……」みたいなのがあるじゃないですか。ギリギリまでがんばったんですけど、ほんとにキツくなって、2年半で辞めました。そこから1カ月ほど旅に出ましたね、フラフラと(笑)。辞められたのがすがすがしくて。

杉原 いいっすねー。

あまの 西日本のいろんな伝統工芸とか、職人さんたちを見て、すごく面白くて、最高だなと思って。

杉原 それがきっかけで絵はんこ作家に?

あまの きっかけとしては、旅から帰ってから彫った、祖母の似顔絵はんこが大きかったんです。旅の写真を祖母に見せたらとても喜んでくれて、その時の祖母の姿を彫ったら、自分でもびっくりするくらい、いいものができたんです。

杉原 大好きなおばあちゃんだったんですね。

あまの うん。会社を辞めた時も、退職祝いみたいな感じでお小遣いをくれたりして。……旅の途中で、四国の高松にお気に入りのバーを見つけたんですけど、そこを再訪した際に、マスターたちと「これから何をやりたいか」みたいな話になって。その時に、自分がはんこをやってる話をして、祖母のはんこを見せたんです。そうしたら「すごくいいじゃん!」って言ってもらえて。「試しに仕事でやってみたらいいのに」って。「じゃあ一回やってみます」みたいな感じで、ブログでオーダーを受け始めたんです。会社を辞めた半年後ぐらいかな。それまでは「はんこで生きていこう」なんて全然思っていませんでしたね。

■一点モノの価値

あまの ブログを立ち上げた翌月から、東京の雑司ヶ谷の鬼子母神でやってる「手創り市」っていうイベントに出店し始めたんですけど、そこで「オーダーを受けて、その場で彫る」みたいなことを始めたんです。

杉原 はんこ作りをライブで。

あまの そう、ライブですね。まあ始めたばっかりで商品がない、っていうのもあって。フルオーダーだから、「こういうの作りました、いかがですか?」って声をかけるというより、「こういうのが欲しい」って思ってる人が声をかけてくれる感じで。値段も高くないから。

杉原 ほんとに一点モノですもんね。そういうのを求める人が増えてるのかな。

あまの かもしれない。今でこそはんこ作家も増えてますけど、「オーダーを受けてその場で彫る」みたいな、そういうアホな人はあんまりいない(笑)。

杉原 「あらかじめ作った作品を販売する」っていうのが、オーソドックスなやり方ですもんね。

あまの そうですね。文字だけ、名前だけ入れるとかはありますけど、フルオーダーでやってるような人は、ほとんどいないかもしれない。

杉原 それもアイデアですよね。フルオーダーでやろうっていうのは、最初からあったんですか?

あまの それしかないと思ってて。

杉原 そうなんや。

あまの 別に自分のキャラクターがあるわけでもないし。だから言われたものを、できるだけ具体的に、相手のイメージに近づける。リアルに近づくと、うれしい人はうれしいし。

杉原 なるほど。でもオーダーって勇気いるなあ。既製品と違って、お客さんが気に入ってくれるか分からないじゃないですか、出来上がってみないと。

あまの そうですね。勇気あったなと思います、私も、お客さんも(笑)。

■いとうせいこう氏に採用される

あまの はんこを仕事にして間もなく、東日本大震災が起こったんです。東京でも自粛的な空気が広がって、何となくヒリヒリする感じがしてたころに、いとうせいこうさんがツイッターで「DJせいこう」というアカウントを立ち上げて、「想像上のラジオ」というのを始めて。

杉原 ラジオで音楽が流れない状況で、いろんな曲をツイッターでつぶやいたんですよね。「文字DJ」と称して。みんなが震災の映像に押しつぶされそうな中で、「想像力は押しつぶされてはいけない」「想像すれば絶対に聴こえるはずだ」と。

あまの そう。そのアカウントのアイコンがまだなかったので、せいこうさんの似顔絵のはんこを彫って、画像を送ったんです。始めたばかりの福祉施設の仕事も休みになっていてヒマだったし。そうしたら使ってくれたんですよね。

杉原 僕もリアルタイムで見ててびっくりしました。その「とりあえずやってみる力」すごいっすよね。

あまの ははは。まあ若干の下心はありますけど(笑)、根本的には、せいこうさんの行動にすごい感動して作ってるから。

杉原 それも大きかったんですか? はんこでやっていくぞっていう意味では。

あまの そうですね。立ち上げ直後で、単純にすごくうれしかったし。それからもいろんな人からオーダーをいただいて、「喜んでもらえてる」っていう実感も出てきて。まだ全然作品もないのに、恵比寿でギャラリーをやってる友人が「個展やってみる?」って声をかけてくれたり。そうこうしてるうちに、ちょっとずつ作品が増えてきたっていう感じですね。今は「さくはんじょ」っていう屋号で、ワークショップ、はんこ雑貨の販売、雑誌や書籍とかの挿絵製作なんかをやらせてもらってます。

■アートではなく民芸

杉原 はんこの仕事をしながら、バンドのボーカルとしても活動されてますけど、それはご自身にとってどういう位置づけなんですか。

あまの はんこに関しては、ちゃんと「仕事」っていう意識でやってるんですけど、音楽に関しては、それはなくて。ライブの依頼はあんまり断らないから、月イチとかでやってた時もありますけど……。

杉原 今もお呼びがかかったらやる感じで。

あまの そうですね。

杉原 僕も弾き語りとかやりますけど、「歌」って面白いですよね。基本的にメロディーが決まっていて、その意味では自由が制限されるわけじゃないですか。好き勝手に声出したっていいはずなのに、わざわざ制約のあるメロディーをなぞることによって、むしろ「自由に歌えた」みたいに感じる。それって不思議なことだなあと思って。

あまの ああ、そうですね。

杉原 たぶん生きることもそうで、ただ好き勝手に生きるよりも、他者といろんなものを共有したり、求めに応じたりすることによって、むしろ充実していく面もあって。そのへんを歌から考えていけたらいいなって、ちょっと思ってて。

あまの うんうん。私も自己満足にはならないように、他の人に届かなそうなことは、良くも悪くもあんまりやってない。常に誰かに見てもらうことを意識していて、フルにアーティストタイプになりきれないというか。「芸術は爆発だ!」みたいな感じでは全然ないんですよ(笑)。

杉原 オーダーはんこなんて、自己満足じゃ成立しませんもんね。

あまの だからアートとか言われちゃうよりも、民芸とか、そっちのほうがしっくりくるなーとは思ってます。最高級のはんこを作りたいわけじゃなくて、生活の中に入る感じというか。そっちのほうがうれしいですね。

■好きなことをつなげていく

杉原 今後はこんな感じでいきたいとかあれば。

あまの 「絵はんこ作家」って言ってるから、できるだけ全てはんこで表現しようとしてきたんですけど、最近はもうちょっと、自分の力を総合的に使っていきたいなと思っていて。「はんこ=私」じゃなくて、例えば文章とか、イラストとか、4コマ漫画とかも描いてみたり。最近やっているインタビュー活動も、その流れで始めた感じですね。

杉原 「スキマじかん研究所」ですよね。その人の「好き」で埋まった時間=「スキマじかん」についてインタビューして、その記事をウェブに書かれているんですよね。あれ面白い企画だなーと思って。漫画家の井上雄彦さんの、「好きなことと自分はイコールだ 自分を投げ出すわけにはいかない」(『バガボンド』28巻)っていう有名な言葉がありますけど。

あまの 好きなものとか、何かを好きになることって、年を取るごとに大事だなと……。自分が何が好きとかっていうのを忘れないほうがいいですよね、絶対。

杉原 そうですね。年を取るにつれて変な邪念が入ってきて、「それ金になるかな」みたいなことを感じたり、言われたりしてるうちに、いつの間にか、本当に好きなことをやめてしまう……。金にならなくたって、好きなことはできるのに。

あまの そうそう。好きなことが仕事になる人もいれば、仕事にしたくない人だっているけど、それを続けている人は、やっぱり面白い。

杉原 今は「絵はんこ作家」っていうところを軸に、他の好きなことも一緒にやることで、表現の幅を広げていってる感じですか。

あまの そうですね。はんこをやめるつもりは全然ないんですけど、文章を書くのも楽しいし、人の話を聞くのもすごく好きなので、そのへんをもうちょっと形にできるといいなあと。だから、絵はんこ作家兼、ライター兼、イラストレーター兼、ボーカル兼……あと英語も(笑)。それぞれをやめずに続けていくと、どこかでつながってくるかな、みたいに思ってます。今はそれぞれで、仕事をちょこちょこもらってるので、2年後ぐらいにもうちょっと見えるかな、みたいな。

杉原 すごいな。マルチクリエーターというか、それこそ「ひとり総合芸術」というか(笑)。あまのさんの作風ってメジャー感あると思うから、どっかでグアーって来そうな気がしますけど。

あまの まあ、お茶の間感はあるかもしれない(笑)。

杉原 そうそう。なんかあったかくて、みんなで共有できる作品だなーと思うので。今日はどうもありがとうございました。

あまの いや、とんでもございません。ありがとうございました。

杉原 また住所はんこ作ってください。引っ越しちゃったんで(笑)。

あまの ああ、ぜひぜひ(笑)。

 

あまの さくや(天野 咲耶)

1985年米国カリフォルニア生まれ。絵はんこ作家。人の「好き」を表現したい!という思いで、誰かの大切なものについて日々製作しながら研究中。「さくはんじょ」としてワークショップ、はんこ雑貨の販売、雑誌や書籍その他への絵はんこ挿絵製作などを行うほか、イラスト、音楽、文章執筆など幅広く、東京を中心に活動している。

「さくはんじょ」webサイト http://amanosakuya.com/

 

杉原 学(すぎはら まなぶ)

1977年大阪生まれ。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科博士前期課程修了、後期課程中退。哲学専攻。研究テーマは「人間と時間との関係」。現在は執筆、研究、歌手活動などを行っている。単著に杉原白秋著『考えない論』(アルマット)、共著に内山節編著『半市場経済』(第三章執筆、角川新書)。電子書籍の個人出版に『文筆家の分泌物』、『疾走しない思想』など。世界で最も非生産的な会議「高等遊民会議」世話人。

 

【キャプション】

■あまのさんb

あまのさんの絵はんこは人の心をほっこり温かくさせる。

 

■ツーショット

ゲストのあまのさくやさんと、以前作ってもらった住所はんこを持つ杉原学。東京・杉並区上井草のカフェSLOPEにて。

 

■ワークショップ

2018520日、練馬区石神井の氷川神社「井のいち」で行われたワークショップ。大人も子どもも彫るのに夢中。

 

■祖母のはんこ

はんこを仕事にするきっかけになった祖母の似顔絵はんこ。「利子」の文字は本人の直筆をトレースしたもの。

 

■昭和を感じさせるレトロな雰囲気の絵はんこ作品。4点

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