特  集

若者が続々と帰ってきている島・松島の不思議

          唐津市離島地域コーディネーター 小峰朋子

今回寄稿いただいた小峰朋子さんは、三重県の伊賀・名張支局長の福廣勝介さんが紹介してくれました。小峰さんが大阪府に勤務していたころ、福廣さんが代表を務める「NPO法人近畿水の塾」の会員になったことから交流が始まりました。彼女の明るさと細やかな気配り、誠実な人柄はたちまち福廣さんの心をつかんだだけでなく、会員からの敬意を集める存在になったようです。「近畿水の塾は、小峰さんの大応援団になってしまったのです」と福廣さんのメールにありました。

その後、小峰さんは大阪府を辞めて唐津市に移住し、地域おこし協力隊員になりました。担当は高島、神集島、小川島、加唐島、松島、馬渡島、向島の七つの離島の地域振興ですが、期限の3年が過ぎた時、七つの島の全区長が、市長に「小峰さんに続けてもらいたい」と延長要請を送るほど頼りにされる存在となりました。市側でも彼女の手腕を買って任務を延長し、現在は離島地域コーディネーターとして唐津市の臨時職員となっています。

525日、小峰さんが仕掛けた限定20人の「松島の休日」ツアーに同行しましたが、彼女はほとんどの住民の名前をすらすら言えるだけでなく、縁戚関係まで頭に入り、島の歴史や民俗にも詳しい。全身全霊で島の活性化のために働いていることが伝わってきました。これでは地元住民に頼りにされないわけはありません。

島外からのお客に島の魅力を語りながら、お客さんたちが食事をしている間は、裏で黙々とお皿を洗っていました。過疎に悩む地域は今こそ彼女のような人材を必要としているのだと確信しました。(本誌・菅原)

 

興味深い島・松島(現状紹介)

周囲3.6km・人口56人(平成3041日現在)、玄界灘に浮かぶ七つの島のうちの一つとしてその島はあります。島の歴史は新しく、江戸時代後期に隣の加唐島から父娘が入植したのが始まりで、その後長崎の黒島からカトリック教の若者が住み着いたと聞いています。現在も島民のほとんどがカトリック教徒で、港に入ると真っ先にかわいらしい教会が目に飛び込んできます。真っ青な海に面した港にたたずむ真っ白な教会の前には、たくさんの小さな漁船がつながれていて、風と波にそろって揺れています。「まるで地中海に浮かぶマルタ島のよう……」。地域おこし協力隊として7年前に初めて松島に足を踏み入れた時のまばゆい印象を、今でもはっきりと覚えています。

唐津にはこの松島を含む七つの離島があり、どの島も主産業の漁業の衰退に伴って少子高齢化が進んでいます。七つの島の人口は56人から344人で、7つ合わせても1489人(平成3041日現在)、高齢化率は49.2%という正真正銘の過疎地です。15年前に比べると人口は約6割になったと聞きます。7年前に初めて松島を訪れた時の協力隊としての私のミッションは「唐津市内にある7つの離島の活性化」。3年の任期を終えた今でも唐津市離島地域コーディネーターとして引き続き関わっている「からつの七つの島」のうち、特に不思議な島・松島を紹介します。

この島はコンビニどころか1軒の店もなく、病院もなく(隣島の先生による診療が週1回のみ)、郵便局も警察もない、車は載らない乗客定員12人の定期船は1日たったの3便、一言で言えば不便。こんな正真正銘の孤島に若者たちが続々とUターンしているのです。おかげで松島の高齢化率は21.4%と都会並みの若者の割合です。この不思議な現象の理由はどこにあるのでしょうか?

 

松島での取り組みの紹介

 私が松島での若者たちのUターン連鎖のきっかけと考えているイベント「松島の休日」は3年前、1軒の店もなくお金を落とすところが全くない島での「一日限定イタリアンレストランの試み」としてスタートしました。「オール松島でのおもてなし」をコンセプトとして、島の漁師さんが捕ったウニやサザエや旬の魚介類と、お母さんたちが島の畑で育てた野菜を使った豪華イタリアンフルコースを限定20名のお客様に堪能していただきます。加えて、島一周クルージング、島民ガイド付き散策ツアー、お母さんたちによる一日限定マルシェなど、単に島の美しい自然やおいしいものだけでなく、島の方々とのふれあいを満喫できる、島民による手作りイベントです。お客様には「心に残る人生で最高の旅でした」とコメントを頂くなど、毎回大好評です。

中心となる島出身の若手シェフ(20代)を支える島のスタッフは若者を中心に15名程度。事前に会場準備や素材提供をしていただく年配の方々まで合わせると30名を超え、何と島の半数以上の方々が楽しみながらイベント運営に関わっており、島民たちにも楽しまれているイベントです。散策コースの手すりまでも島民手作りというこだわりようです。

このイベントは、島のお母さんたちとなかなか実のならないオリーブの植樹・管理などをしたり、特産品として塩ワカメや塩ウニなどを対面販売したり、島の活性化のために、あーでもない、こーでもない、といろいろな取り組みを実施し、雑談のような検討会を重ねるなかでの、島出身で島に対して熱い想いを持った若手シェフ・キーパーソンとの出会いがきっかけで始まりました。この若者はイベントを数回重ねた後、とうとう松島に自分の店「リストランテマツシマ」を開業し、Uターンしました。そして、彼に続いて、その弟も、そしてその友達も……とUターン連鎖が始まっています。

平成264月に七つの島の区長さんや志のある方々と立ち上げた「からつ七つの島活性化協議会」では、この他にもいろいろな事業に取り組んでいますが、これは数少ない自慢したい成功例の一つです。

 

どうして若者が帰ってくるのか?私見(都会になくて松島にあるもの)

島の主な職業は、漁師や遊漁船業(瀬渡し)です。店もない島ですから、家で食べる野菜はある程度各家庭で作っており、その他生活に必要な仕事、例えば簡単な大工仕事や壊れたものの修繕などは自分たちですべてこなします。子どもたちは島の暮らしの随所で親の働く姿をしっかり見て育ちます(都会では分業が進み、親の働く姿はほとんどの子どもたちは見る機会がない)。加えて大人たちは、草刈りや消防、祭りなど島を維持する活動に積極的に参加し、自分のためだけでなく、島のために汗を流す姿をしっかり子どもたちに見せています(都会ではプライベートが当然の権利として優先されます)。このように、子どもたちは知らず知らずのうちに、父母をはじめとして、自分たちの地域・社会を支える身近な大人たちを「かっこいい!自分もあんな大人になりたい!」と素直に尊敬する環境が島には現在でもあります。何より松島では、小さいころから地域の出事(作業や会合、もちろんその後の宴会も)に子どもたちも一緒に参加していて、知らないうちに大人が島生活を楽しんでいる姿を子どもたちに具体的に示しています。そんな環境で育った松島産の子どもたちは、島には高校がないので進学や就職でみんないったん島を出ますが、「機会があれば島に帰りたい!」といつも心の底で考えているのです。

 

島の方々との関わりで私が学んだこと

島のみなさんを支援するつもりで島に通っている間に、むしろ教えていただいたことがいっぱいあります。次は島のおばあちゃんの言葉の引用です。

「都会では、おなかがすいても喉が渇いてもお金がなければ何も飲み食いできないし、家に帰りたくなってもバスにも乗れない。助けが欲しくても知らない人ばかり。でも、島では畑に行けば何でもあるし、歩いて家まで帰れる。困ったことがあれば家族や近所の方々が頼りになる。1円も持たなくたって何不自由なく暮らしていける。都会に比べて島ではどんなに安心して暮らせることか」

おばあちゃんの言葉は続きます。「人はまめにさえすれば何でもできる。自分が体を動かして働きさえすれば、この島にいる限り何不自由なく生きていける」。見渡してみると、確かに島ではお財布を持って歩いている人は一人もいない。「そうだ、パラダイスはここにあるんだ!」とまさに目からうろこでした。

資本主義社会・分業社会で「富、幸せ、安心」を約束してくれるはずの「お金」は、実は1円も持たなくても人は本当は幸せに暮らせる。その事実を目の当たりにし、「お金」とは幸せを計る物差しの一つにすぎないんだ、ということを実感しました。

それでは幸せとは何なのだろうか?と考えてみます。島を歩く時、島の方々と話す時、生き物としての私自身の心が動かされることが多いです。幸せ感を湧き起こさせるものは、おいしいものであり、健康感であり、楽しい雰囲気であり、家族や周囲の人たちのとの結び付き、誰かと共に過ごす時間。そしてそのことが約束されている安心感などです。それならば、それらと間接的に結び付いているだけのお金は必要なだけあればよいのだ。がむしゃらにお金を稼ぐために、地域や家族や友人たちを捨てて、田舎を出て都会に行く必要はもはやないのです。

一方で、最近、「田舎(地域)では何もできないから夢を実現するために都会に出る」という一世代前の感覚とは全く逆の感性、「田舎(地域)で過ごしたい」という気持ちが、同時多発的に都会暮らしの人々の心の中に生まれているように感じています。幸せは田舎(地域)にもあります。いえ、田舎(地域)にこそあるのかもしれません。それを、一足先に具現化して見せてくれているのが松島なのかな、と感じています。だから松島の若者は帰ってきているのかな、と。やはり「新しいこと・新しい価値観」は地域で興ります。だからやっぱり地域は最先端!なのです。

島は学ぶところの多い、とても魅力的なところ、まさしくパラダイスです。

                 ◆

小峰 朋子(旧姓:土谷)〔現、唐津市離島地域コーディネーター〕

昭和4411月生まれ。福岡県出身。大阪大学大学院工学研究科(環境工学専攻)卒業後、大阪府入庁。

大阪府庁時代に市民グループ近畿水の塾の活動にはまる(現在NPO法人)。ドレスデン工科大学(ドイツ)に留学し、環境に配慮したまちづくりを学ぶ。地方分権の進んだドイツドレスデンでの5年足らずの暮らしの中で「地域がすてき!最先端!」と実感したことが、現在、からつの七つの島の島おこし活動を支援するきっかけとなっている。

大阪府庁を自主退職後、行政書士を経て平成24年5月より、地域おこし協力隊として、唐津の七つの島と関わり始める。現在、唐津市離島地域コーディネーターとして七つの島の方々と、島が元気になるようにとあの手この手と手探りで奮闘中。

具体的な取り組みは、「島での一日限定レストラン リストランテマツシマ(松島の休日)」、島を第二のふるさとに!「島留学」をはじめとして「からつ七つの島物産展」、「島と大学との連携事業」、島と島出身者をつなぐ「からつ七つの島通信の発刊」など。からつ七つの島活性化協議会事務局。

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