特  集

古典を読む 第四十六回 内山  

   『維摩経』

『世界の名著』第二巻 「大乗仏典」収録 現代語訳・長尾雅人責任編集 

一九六七年 中央公論社

 私の本箱の奧にこの本が隠れていた。一九六七年に手に入れたようなのだが、高校三年生の年だから、当時の私がこんな本を読もうとしていたのかと少し驚いた。高校生時代の私はマルクスを理解するためにヘーゲルを読み、ヘーゲルを理解するためにカントを読む、ところがカントからヘーゲルに飛ぶのは飛躍のしすぎで、その間にいるフィヒテやシェリングを読まないとドイツ近代哲学がつながらないということがわかり、さらにヘーゲルからマルクスのところではマルクスとほぼ同時代の若い、急進的な哲学者たち、モーゼス・ヘスやマックス・シュティルナー、フォイエルバッハ、アーノルド・ルーゲなどを読む必要がある、というようなことに追われている頃で、仏教書を読む余裕はなかったはずである。それでも手に入れていたということは、読もうという意志はあったのだろう。ちなみにこの本は六百ページ近い上下二段組みの本なのだが、定価は四八〇円とある。このことにも少し驚いた。

 今回はこの本に収録されている「維摩経」を取り上げてみようと思う。現在では中村元現代語訳などのさまざまな「維摩経」が刊行されているが、あえて『世界の名著』版をテキストに使うことにした。

 仏教は紀元前四○○年頃に釈迦が解脱し=悟りをひらき生まれたとされている。ところが釈迦がどのような教えを説いたのかはよくわからないことが多い。というのは釈迦は一行も文献を残していないし、弟子たちも釈迦の教えを記憶し、次の弟子に伝えるというかたちをとったために、弟子もまた文献を残していないのである。しかも釈迦の死後百年くらいがたつと、仏教集団も大衆部と上座部に分裂し、さらに細かく分かれていく。そして後にそれぞれの「部」が「釈迦はこう述べた」というかたちで文献化していった。だからその文献が、釈迦の教えを正しく伝えているのかどうかがわからないのである。釈迦の死後百年くらいたったときから、二百年くらいをかけて少しずつつくられていったのではないかと考えられている原始仏教経典に、四作からなる「阿含経」があり、これが釈迦の教えをもっともよく反映しているのではないかと思われているが、その後も仏教には繰り返し繰り返し改革運動があり、時代とともに仏教は新しい深さをつくりあげていく。だからどの思想をもって仏教の本質というのかが明確ではない。仏教は、ひとつの教義を守り抜くという信仰ではなく、時代のなかで展開する仏教運動なのである。運動だから、つねに新しい考え方が付与されてくる。

 このような仏教史のなかでも特筆すべき出来事は、紀元元年くらいからはじまる大乗仏教運動の展開であった。大乗側は、それまでの仏教は小乗だと批判した。大乗とは大きな真理の乗り物に乗っているということなのだが、乗り物が小さいと大乗側から批判されたのは旧上座部系の仏教であり、それは当時のインド仏教の主流派だっただけではなく、スリランカに伝播し、後にスリランカからタイ、ミャンマーなど東南アジアに伝わっていく仏教であった。仏教思想としては、「説一切有部(せついっさいうぶ)」の考え方が広がっていた。

 上座部(小乗)系の仏教では、人間が永遠の輪廻(生まれ変わり、地獄道や畜生道などに生まれ変わることもある)から離れるには、出家して修行を重ね解脱することが必要だとされた。といっても出家すれば解脱するわけではないし、悟りの境地を獲得しても阿羅漢になれるだけで、その先にもまだ長い修行がつづく。

 大乗仏教運動を推進した人たちは、この出家至上主義的な仏教を批判した。「釈迦の教え」は誰もが悟りをひらき、永遠の苦しみから解脱できるというものではなかったのか。現実から離れ、僧院で瞑想に明け暮れる出家者たちよりも、現実世界で苦悩しつづける普通の人たちの方が、解脱への思いや解脱の意味を知っているのではないのか。仏教は在家主義の立場に立つべきであり、誰もが解脱できる信仰であったはずだ。大乗仏教の推進者たちは、そういう立場をとった。この仏教が中国を経て日本に入ってくる。大乗仏教は中国、朝鮮、日本、チベット、ベトナムに広がっている。

 そういう運動のなかで、大乗仏教経典の編纂もはじまった。そのはじまりは一世紀頃からだと思われているが、はじめにいくつもの「般若経」がつくられ、つづいて「法華経」や「華厳経」、「無量寿経」などが生まれていった。日本では、むしろおなじみの経典である。この大乗仏教経典も「釈迦はこのように語った」とか釈迦が出て来て教えるというようなかたちで書かれているが、釈迦の死後六百年以上を経てつくられたものもあるから、むしろ釈迦の教えを深めたもの、と理解しておいた方がいい。「維摩経」もそういう経典のひとつで、釈迦の死後四~五百年がたった一世紀から二世紀頃の作と考えられている。

 大乗仏教は、思想的には、空(くう)の思想を軸においている。最初に編纂された「般若経」群でも空思想は柱になっているが、この思想をひとつの完成形に高めた人にインドの龍樹(一五○~二五○年頃)がいる。この世界は意識がつくりだしたものであり実体がないばかりか、自己という実体も存在せず、真理という実体さえ存在しないという、つまり一切は空であるというのが彼の立場である。にもかかわらずそれらに実体があると思って、そのつくりあげられた実体のもので苦しんでいるのが人間だということなのだが、たとえば貨幣=お金を考えてみるとわかりやすい。

 お金はなぜ成立しえるのかといえば、みんなの意識がお金を承認しているからである。つまり人間の意識がお金をつくりだしている。実際には小さな紙の印刷物にすぎないものを、みんなの意識がお金に仕立てているといってもよい。とするとその意識を捨てたとき、お金はどうなるのか。ただの虚無である。意識を捨てたときのお金などとらえようもないのである。とらえようのないものなのだから、それは空であるといってもよい。空とは何もないということではなく、とらえられない、認識できない存在、という意味である。

 ところが人間はお金に価値を与える意識をもっている。その意識もよく考えれば虚構なのである。虚構の意識が虚構のお金をつくりだしているといってもよい。とするとそういう虚構を捨て去ったときの意識とは何か。それは認識できない。なぜなら意識が生みだしたさまざまな虚構の世界とともにあるのが、私たちの現実の世界だからである。国家はみんなの意識がそれを国家と認めているから国家である。そういうことが成立するのは、人間はさまざまなものに概念を与え、その概念ごとに言葉をつくり、言葉によって意味が付与された世界、意味の体系としての世界にがんじがらめになっているからである。そしてその意味付与は、自己に対してもおこなわれている。この視点を捨て去った地点からみれば、自己とは意味付与された自己にすぎず、取り巻いている世界も意味付与によって整理された世界にすぎない。とすれば意味付与された虚構を捨て去ってしまえば、自己も世界もとらえられない静寂、静けさのなかに存在しているだけではないか。つまり空としてのみ本質や真理は存在するということである。さらに述べれば本質や真理があるとするのも、意味付与された意識のつくる物語である。実は本質や真理もとらえられないのだ。だから仏教が説く真理=法もまた空なのである。

 龍樹によって完成された空思想は、こういうものであった。大乗仏教はこの思想を受け継いだ上で、さらにさまざまな宗門を形成していくから、龍樹は大乗仏教八宗の開祖ともされている。龍樹のもとに集まった人たちを「中観派(ちゅうがんは)」というが、実は当時のインド大乗仏教の世界には「瑜伽行派(ゆがぎょうは)」といわれるもうひとつの思想集団もいた。この両派は激しく論争したが、仏教研究が専門ではない私からみると、何を対立していたのかよくわからないくらいにこの両者の思想は似ている。瑜伽行派の思想の軸にあるのも空思想である。この世界も自己も言語によって意味づけされたものにすぎないととらえるのも同じだし、強いていえば中観派は無常としてしか成立しない「心」に視点をもっていく傾向が強く、瑜伽行派は認識という行為の虚構性をより強く打ち出しているくらいにしかみえない。むしろ相互補完的だとみた方がいいような気がしてくる。

 そういうことなのだが、瑜伽行派の教学は唯識教学といわれるようになった。この教学にもとづいて生まれたのが玄奘三蔵を開祖に置く中国法相宗であり、それはたちまち日本にも入って、薬師寺や興福寺が法相宗の寺院になっていった。「維摩経」はこの唯識派の人たちが重視した経典でもある。

それは内容的には次のようなものである。釈迦がまだ生きていた時代に、維摩さんという在家の大変優れた仏教者がいた。その維摩さんが病気になっているというので、釈迦は弟子に見舞いに行くようにと言った。はじめに舎利仏に行くように命じると、舎利仏はいやだという。なぜかというと、以前に森のなかで瞑想をしていたとき維摩さんが近くをとおり、寄ってきてそんなものは本物の瞑想ではないと言った。本物の瞑想は、人々の苦しみのなかでおこなわなければいけないのだと。私はぐうの音も出なかったので、以降維摩さんは苦手です、ということである。それならと、釈迦は次々に高弟たちに見舞いに行くように言うが、みな維摩さんに批判された経験を語って辞退してしまう。最後に普賢菩薩が見舞いを引き受けるが、普賢と維摩の議論がどうなるか聞いてみたいと何千人もの弟子がついて行く。そして議論の末に、出家した修行者たちは、誰も在家の維摩さんのレベルに達していないことを知る。簡単に述べればそういうお経である。

在家者が出家者に真理を教えるというかたちになっているのが、このお経の面白いところで、現実の世界のなかで苦悩している人の方が出家者より真理を知っているという大乗仏教の考え方がここにも投影している。以前に出家者たちが維摩に批判され、見舞いに行ってもまたやられてしまうかたちで語られているものは、空思想であり、唯識思想である。真理を見いだし、悟りをひらこうとすること自体のなかに誤りがあることを、出家者=真理の探究者たちは突かれる。真理も空、悟りも空なのである。何も語れない世界に赴いたときの自由がめざすべきものであり、そのことの大事さを知っているのは、日々意味づけされた世界で苦しんでいる普通の人たちだ、だからその人たちこそが菩薩なのだということを、維摩が宣言するかたちでこの経典は書かれている。

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