特  集

クジラをめぐる「ふたつの正義」の相互理解を求めて

    ──映画『おクジラさま』の佐々木芽生監督に聞く

 反捕鯨キャンペーンの映画『ザ・コーブ』によって、世界的にすっかり悪者にされた感のある捕鯨の町、和歌山県太地町。その同じ町を舞台にして、クジラをめぐる「ふたつの正義」の違いを際立たせてみせたドキュメンタリー映画『おクジラさま』が9月から全国公開されている。ニューヨーク在住30年の佐々木芽生監督の作品だが、一方的なまなざしの『ザ・コーブ』と違って、太地町の人々のクジラとの関わりや思いも伝わってくる。グローバルな世論とローカルの思いを対比させることにより、双方の橋渡しを意図した作品だが、果たして世界にどんな波紋が広がるか。佐々木さんに、あえて面倒な論争に一石を投じた理由などを聞いてみた。          ジャーナリスト 松本克夫

佐々木芽生(ささき めぐみ)

札幌市出身。日本で映画配給会社に勤めた後、インドを放浪し、ニューヨークに住み着く。フリーのジャーナリスト、NHKアメリカ総局勤務を経て、独立し、テレビの報道番組の取材、制作に携わる。2008年初の監督作品『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』を発表。各国の映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。2016年制作の『おクジラさま ふたつの正義の物語』は3作目。

偏見に満ちた『ザ・コーブ』

 

──郵便局員の夫と図書館司書の妻がつつましい生活を送りながら、現代アートのコレクションをするドキュメンタリー映画『ハーブ&ドロシー』は世界中で好感を持って迎えられました。その作品の後にあえて物議をかもすのが必至のクジラの映画を手がけたのはなぜでしょう。

佐々木 『ハーブ&ドロシー』の次の映画は、クジラとイルカの問題を取り上げますといったら、関係者はみんなびっくりしていました。みんなが祝福してくれるようなハッピーな映画ではなく、みんなから嫌われるような映画をなぜ作るんですかというわけです。アメリカにいると、人々は捕鯨に対して非常に否定的です。野蛮であり、非文明的な行為と思われています。イルカやクジラを捕る日本人にはネガティブに反応します。アメリカでは、どういう問題についても、必ず賛否両論がありますが、捕鯨については否定しかありません。以前から、この問題については、小骨がのどに刺さるような思いでいました。

──2009年に太地町のイルカ漁を批判したドキュメンタリー映画『ザ・コーブ』が制作され、アカデミー賞を受賞したことが直接の引き金でしょうか。

佐々木 この映画の舞台になった太地町は紀伊半島の先端に近いところに位置する人口3000の町です。クジラは半島の近くを回遊するといわれます。太地は、初めは偶発的に鯨を突いて獲っていましたが、400年前に鯨組を組織して技術を磨き、経済活動として捕鯨を成立させました。それ以来、誇りを持って捕鯨をしてきたわけですが、近年になって、国際捕鯨委員会(IWC)の合意で商業捕鯨はやめようということになりました。太地町は、大きなクジラを捕れなくなったものですから、小さなゴンドウクジラやイルカを捕ることにしました。そして効率の良い追い込み漁を始めたのです。12隻の船で音の壁をつくって、音を嫌うクジラやイルカを入り江に追い込んで捕獲するものです。コーブは入り江という意味です。

 この模様をアメリカのクルーが5億円くらいかけて、隠しカメラを仕掛け、音声の技術者を雇い、最先端の技術を使って作ったのが『ザ・コーブ』です。漁師がイルカを殺す時、湾が真っ赤に染まります。これを見た時、衝撃を受けました。ものすごくよくできた映画ですが、偏見に満ちています。日本人の自然観を全く理解していません。漁師たちや町の人たちにカメラを向けることにものすごい暴力を感じました。

 

メディアがかきたてる感情の力

 

──この映画のおかげで、日本は世界中から一方的にたたかれた感じでしたね。

佐々木 クジラの映画を作ろうとしたもう一つの理由は、『ザ・コーブ』に対して日本から何の反応もなかったことです。ドキュメンタリー映画は世界を変えるような力を持っています。映像は世界中に拡散して、イルカ漁反対、追い込み漁反対の運動が起きました。東京から太地にたどり着くまでには7時間もかかります。そんなところに世界中から反対運動をする人たちがやって来ます。このままではまずい。イルカとクジラをめぐって、お互いの憎しみがどんどん増幅していくのではないかと思いました。

 アメリカでは、クジラやイルカは賢くて貴重な動物と思われ、大切にされています。長い間ニューヨークにいる私にとっては、それに違和感がありません。残念ながら、世界では、日本の方が特殊なのです。クジラは80種以上います。シロナガスクジラのように絶滅危惧種もいますが、逆に増えている種もいます。反捕鯨のキャンペーンは70年代から始まりました。日本は、半世紀近く世界から非難されています。「捕鯨をやめよう」の声はますます大きくなり、世界の世論になりつつあります。これだけ非難を浴びているのに、日本は自らの立場を説明していません。アカウンタビリティーといいますが、何かで批判されたら、きちんと説明する責任があります。その責任を果たさないままに50年たち、国際世論が形成されてしまいました。

──メディアによってグローバルに世論が形成され、ある地域が袋だたきにされる。ネット社会の怖さを感じます。

佐々木 私たちを動かしているのは感情です。この世界を動かしているのは感情です。「クジラは賢い」は人間の感情を動かしています。その感情をかきたてるのにメディアがものすごい力を持っています。『ザ・コーブ』は、感情をかきたてるようなフレーズを使い、イルカの血で人間の感情に揺さぶりをかけています。漁師たちは、ネット上の映像では野蛮な人たちであって、その声はネット上には届きません。ユーチューブに流すことはできないからです。SNSにアクセスできない人の声を聞くことはできません。私は、日本対欧米ではなく、グローバル対ローカルの対立という視点で見ています。

 去年、イギリスのEUからの離脱を支えたのは、ローカルの有権者です。グローバリズムによって生活を脅かされている人たちが離脱賛成の投票をしたのです。アメリカでトランプ大統領の誕生を支えたのも、グローバリズムに脅かされた工場地帯の人たちです。トランプ氏はシンプルな言葉でこういう人たちの心をつかんだのです。それと同じような構図です。

 

標的にしやすい追い込み漁

 

──かつてのように捕鯨船団を組んで大規模な捕鯨をしていたところが非難されるならともかく、太地町のように、昔から土地に合った生活の一環として細々と捕鯨をしてきただけの小さな町が反捕鯨の標的にされるのは理不尽な気がします。

佐々木 イルカ漁をしているところは太地町以外にもいっぱいあります。岩手県の大槌町の捕獲量は太地町を上回っています。しかし、大槌町のイルカ漁は沖に出て、銛で突いて獲るので、船が港に戻ってきた時には、イルカはすでに肉の状態になっています。沖に出て撮影するのは大変です。ところが、太地町の場合は、12隻の船でイルカの群れを入り江に追い込むやり方ですから、『ザ・コーブ』のように、陸で待っていても撮影できます。追い込み漁をしているところは、現在太地町のほかにありません。生きたまま捕獲して、水族館に売っているのも太地町だけです。水族館でイルカにショーをさせる行為も、虐待だとして反対が強まっています。

──グローバルなネット社会では、太地のような小さな町も、国際的な非難を浴びたら、きちんと反論しなければ説明責任を果たしていないということになるのでしょうか。

佐々木 太地町の人たちは日本の法律の下で許可を得て操業しています。彼らを責めても仕方がありません。反対運動をするのであれば、日本政府に対してすべきであって、太地に対してはいじめでしかありません。太地の問題は日本全体の問題でもあると政府が認識すべきです。太地町に海外向けに広報をしろといっても無理な話ですから、政府がすべきです。ただ、発信するためには、相手を知らなければなりません。今は、相手を知らなすぎます。日本は古来の伝統を引き継いでいきたいという立場ですが、欧米では、伝統は時勢に合わなくなれば廃止すべきだという考えです。そういう考え方の違いを踏まえて、反論しなければなりません。今は、クジラよりイルカがクローズアップされています。南氷洋での捕鯨と違って、動物の福祉や権利の問題として考えなければならないとされています。

 

人間中心主義と八百万の神

 

──動物を愛護しようという欧米の考え方も理解できないわけではありませんが、クジラやイルカの特別扱いは、日本人にはなじまないものを感じます。

佐々木 調べてみると、人間と動物との共生関係は、西洋と日本とでは全く違っています。欧米には、人間中心主義の伝統があります。旧約聖書では、人間が自然界を支配してもいいとされています。アリストテレスも、人間だけが理性を持っており、感情しかない劣った動物を支配するのは当然だといっています。この二つが合わさって、人間中心主義が生まれました。これに対し日本は、万物に八百万の神が宿るという考え方ですから、虫や鳥を含め生き物は平等です。動物の方が人間のできないことができるので神に近いとされることもあります。西洋でも、ダーウィンの『種の起源』以来、人間も動物もそんなに変わらないという議論も出ました。時代によっていろいろな議論をしていますが、最後にたどり着いたのが動物愛護救済の考え方です。社会的弱者救済の考え方を拡大して、動物も救済しようということになりました。その際、知能が高いことが明らかになっている、人間に近い社会性のある生き物から保護しようという考え方です。

──賢さでいえば、豚や牛もかなり知能は高いのではないでしょうか。豚や牛は殺してもいいというのは、欧米の身勝手な考え方に思えますが。

佐々木 豚や牛などの家畜は食料資源という考え方です。人間中心主義の下で、家畜動物は再生産できています。何百億頭殺しても、再生産できます。クジラやイルカは野生生物です。しかも、1回の妊娠で1頭しか産みませんから、いったん数を減らしたら、なかなか回復しません。家畜は国境内で管理されていますが、クジラやイルカは世界中を回遊していますから、世界全体で守りたいというコンセンサスができています。欧米では、それに違反して捕獲を続ける日本の考え方は全く理解できません。「かわいそうだけれど食べる」のもどうしてか理解できません。

 

多様性を認めて

 

──クジラの仲間のシャチはクジラを襲って食べます。人間を含め自然界に生きるものは皆、殺生と無縁ではあり得ないし、罪深い存在なのだと悟って生きるしかないのではありませんか。大切にすべき動物を知能で選別すると、人間も知能で選別するような危ういことになりかねません。

佐々木 知能の優れた動物を保護するという考え方は、優秀な子孫を残そうとするナチスの優生思想と同じではないかといわれることもあります。欧米では、殺生を嫌って、ベジタリアンになることがファッションになっています。ベジタリアンは若い人の間で確実に増えています。

──「正義の味方になるな」というのがジャーナリストとしての私の自らへの戒めです。正義の味方になって、悪をたたいて、喝采を浴びたくなりますが、何が正義か簡単に決められるほど世の中は単純ではありません。「正義の味方」になると、そこで思考停止になります。この映画も、これが正しいと決めつけることもなく、考えるための材料提供に徹しているのがいいと思いました。アメリカ人ながら、太地町にも住み、冷静に観察している元AP通信記者のジェイ・アラバスターさんのような人がいることも初めて知りました。

佐々木 全部平等に大切にという日本人の考え方と、人間が保護したいものから保護しようという欧米の考え方のどちらかが正しいのではなく、どちらも正しいし、どちらも間違っているかもしれません。正義の反対は悪ではなく、別の正義です。この取材をしていて、ダイバーシティ(多様性)を考えました。ダイバーシティとインクルージョン(包摂)です。雇用の場でもいろいろな人を雇いましょう、性別や人種などに関係なく雇用していきましょうという考え方です。ニューヨークに30年住んでいますが、ニューヨークにはあらゆる国の人が来ています。そこでは、互いに違っているのが当たり前です。国籍、宗教、肌の色が違うだけではなく、みんな違う考え方をしています。

 日本人でも捕鯨に反対の人はいますが、日本のメディアにはそういう人は登場しません。欧米にも、クジラを捕ってもいいという人はいますが、そういう人の声はなかなか上がってきません。この映画には、そういう人たちを含めたくさんの価値観が登場しています。

 

 

(インタビューを終えて)

 学校給食でさんざんクジラの肉を食べさせられた世代としては、今さら捕鯨が野蛮だの残酷だのといわれても、にわかには承服しがたい。それが世界の大多数のコンセンサスだとしてもである。戦後、たんぱく源確保のために捕鯨を推奨したのはGHQ(連合国軍総司令部)ではないか。もっとさかのぼれば、幕末、捕鯨船に水と食料を補給してほしいといって、日本に開港を迫ったのはアメリカではないか。そう反論したくもなる。

 しかし、人間に近い感情を持ち、知能も高いクジラやイルカを殺すのはかわいそうだという感情の同盟がいったんできあがってしまえば、いくら文句をつけても犬の遠吠えである。メディアを通じて形成されたグローバルな合意は権力そのものに見える。それを突き崩すのは困難だろうが、せめて太地町を標的にするのはやめてもらいたいと思う。400年日々の生活としてクジラを捕ってきた太地の人々は、ホッキョククジラを捕り続けてきたアラスカのイヌイットと変わらない。映像化するのに都合がよかったという理由だけで残酷野蛮の代表のようにやり玉に挙げるのは酷であろう。

 しかし、ネット社会では、往々にして、太地町のように何かのいけにえにされる地域が現れるのは避けようがないのかもしれない。SNSを使いこなせるか否かによって、新たな格差が生まれている。一方的に世界中から袋だたきに遭う事態を避けようとすれば、対抗策を練らなければならない。黒澤明監督の『七人の侍』は、盗賊に襲われ続けた村が七人の侍を雇って賊を撃退する物語だが、ネット社会の地域は、SNSに長けた「七人の侍」を雇うしかないのかもしれない。

 

1.  正義は一つではないと、多様な価値観のあることを描いた『おクジラさま』の佐々木芽生監督。

2.  太地町の入り口に飾られている看板。

3.  海外から野蛮だといわれているクジラやイルカの追い込み漁。

4.  太地町はクジラで生きてきた町であることを示すオブジェ。

5.  太地町に住み、クジラ漁を冷静に観察した元AP通信記者のジェイ・アラバスターさん。

6.  捕鯨反対派の人々が太地町にやって来てキャンペーンを展開した。

 

 

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