特  集

スタディツアーで、“社会の無関心を打破する”

Ridilove(リディラバ)」の代表社員・安部敏樹さん

 

 人口減少でまちやむらの存続に危機感を抱いている自治体はどこも、移住・定住政策を最重要課題に掲げている。住居のあっせんや、農林業や福祉施設などで雇用の場を提供したいという。果たして都会の若者たちはこの提案に魅力を感じるだろうか。本誌はかねがね自治体の移住対策が若者の心をつかむものではないと指摘してきたが、まったく新しい手法で地方に若者を送り込んでいる人がいた。

 安部敏樹さん29歳、これまで誰もが考えつかなかった“社会の無関心”をビジネスに結び付けた青年である。若い社員のエネルギーに満ちている東京・文京区本郷三丁目の事務所を訪ねて話を聞いた。

 

社会への無関心が世の中を悪くしている

――すでに安部さんは若手社会起業家として有名で、ネット上で多くのインタビュー記事や講演録などもアップされていますが、本誌読者は年配の人も多く、ネット検索が不得意の人も多いのであらためて自己紹介をお願いします。

安部 京都生まれの横浜育ちです。中学2年の時、親を殴って家を飛び出し、横浜駅前あたりでたむろしてたばこを吸ったり、つまり落ちこぼれの不良少年でした。今考えると周囲のみんなに大変な迷惑を掛けたと思いますが、その時の体験が後年、「リディラバ」を立ち上げる遠因になっています。その時、感じたのは世の中の大人たちは冷たいなということでした。子どもがたばこを吸っていても注意するどころかまるで関心を示さない。ちらっと見ただけで通り過ぎていく。社会の無関心に直面した最初の経験でした。そんなわけで高校に入っても成績は学年で最下位、成績だけでなく出席日数も足りないので、大学進学はとても無理と先生から言われました。

――いま話題のビリギャルのような話ですが、それなのになぜ東大に合格できたのですか。

安部 当時、『ドラゴン桜』という漫画がはやっていまして、主人公を東大に入れるために赴任してきた教員があらゆる受験テクニックを駆使するというストーリーですが、僕の場合はその漫画を見た友人たちが僕を東大に合格させるためにプロジェクトを結成してくれたのです。自分に関心を持っていてくれるのがうれしく、これは頑張るしかないと猛勉強しました。僕が合格できたのは励ましてくれたり勉強を教えてくれたりした友人たちのおかげです。

――進学校を優秀な成績で通って来た受験エリートとは違うわけですね。

安部 全く違います。文科二類に合格したのですが、大学3年の時に理系に転じました。複雑系といわれる学問に強く引かれたからです。自己紹介のついでにもう一つ僕の特技を紹介するとマグロを素手でつかむことです。夏はオーストラリア、冬はギリシャで漁業の現場で足掛け5年間働きました。巨大ないけすのような網の中にダイバースーツを着て潜るのです。マグロの尻尾をしっかりつかんでから、エラに腕を入れて抱えて、船まで運び上げ、最終的には血抜きと冷凍までする仕事です。

―大学3年の時にリディラバを立ち上げたんですね。

安部 きっかけというか影響を受けたのが、川人博さんのゼミです。川人さんは過労死問題で有名な社会派弁護士で、東大で30年以上ゼミを持っています。大学12年の時、僕はこのゼミの責任者でした。川人さんについてさまざまな社会課題の現場を訪ね、路上生活者や拉致被害の家族などさまざまな人に会いました。彼のおかげで僕は社会の多くの現実を見ることができた。彼は「東大は何のために存在するのかといえば、東大に来れない人のためにある」という考えで、それゆえに東大生は弱者の側の現場を知るべきというスタンスでした。ノーブレスオブリージュ(高貴なる立場にある者が果たさなければいけない義務)に近い考え方だと思いますが、一方で僕はちょっと違う考えを持っていました。というのも、現代は昔の貴族社会とは違い、一生を約束された人などほとんどいない。そして誰が弱者で誰が強者かがわかりづらい時代になっている。そんな現代において、社会の課題を一つずつ解決していくには、個人の善意や資質に帰するのではなく、誰もが社会課題にアクセスできるほうがいいのではないかと考えていたのです。

――社会課題とはどんな事柄を指すのでしょう。

安部 身近なところでも過疎、高齢化、農業の後継者不足、森林の荒廃、震災復興、原発、子どもの貧困、格差など数え上げたらきりがありません。人が何かを比較して問題意識を持ち、また誰かがそれに共感を覚える以上、社会問題というのは無数にあるでしょう。しかし、ほとんどの人々にとってはこれらの社会課題のニュースというのは、テレビか何かに接する時にちらっと関心が行くだけで、その時間は一日でわずか10分か15分程度のものでしょう。この無関心が長い目では社会を弱くしている。社会課題は当事者では解決できないから”社会”の課題なわけで、少しでも住みやすい世の中にするためには、多くの人たちにさまざまな社会課題に関心を持ってもらうことが重要だと思っています。

――それで社会の無関心を打破する「リディラバ」を立ち上げたのですね。

安部 そうです。当時、あらゆる社会的な活動がみんなしてたった10分か15分の時間を取り合いしているように見えました。人々がもっと関心を持つ時間が長くなれば社会課題を解決する糸口が見えてくるかもしれない。そこで考えたのがスタディツアーです。目的を持った旅行に参加してもらえば、その間はいや応なしにその時間は関心を持たざるを得なくなります。

 現在は200を超えるスタディツアーのテーマがあり、参加していただいた人たちも4000人を超えました。この試みは観光庁長官賞をはじめ多くの賞をいただくことになりました。

 

(見出し)住宅と雇用だけでは若者の移住は進まない

 ―例えば、いま地方は過疎や少子化、高齢化で困っているという情報に接しても単にそれだけでは「大変ね」だけで終わってしまいますが、現地で屋根の雪下ろしで難渋している人を手伝ったり、獣害の現場を目の当たりにすれば認識が変わってくるということですね。

安部 全く、そのとおりです。ですから僕たちはツアーに関しては緻密なプログラムを作り、現地では当事者の話を聞き、そもそも根本的に何が問題かを議論し、問題の本質が浮かび上がってくるようにしています。

――なるほど、プログラムが単なる体験旅行ではないということですね。

安部 いま地方の市町村は人口減少に苦しんでいます。しかし、住宅を用意しました、働く場所を用意しましたといえば都市に暮らす若者が簡単に移住してくれるでしょうか。その土地で暮らすということを居住と雇用だけでとらえている限りは、若者の移住は進まないと思います。住むだけ、働くだけ、というのであれば都会の方がいいと思う人が多いでしょう。しかし実際はリディラバのスタディツアーに参加したのがきっかけで地方に移住した人は確認しているだけでも二桁以上います。なぜ若者が移住を決断したかといえば、課題解決能力がある若者と課題の現場のマッチングが起きたからです。自分がそこに行くことで地域を変えられると強く意識された時、人は行動を起こすのです。

――しかし、社会課題の無関心を打破するといっても、当初からまるで関心を示さない人はスタディツアーそのものに興味を示さないのではないでしょうか。

安部 おっしゃるとおりです。そこは事業ごとに役割があります。我々のスタディツアー事業は道路づくり、あるいは水道管を通す作業だと思っています。いまの社会課題の現場というのは山間へき地の獣道しかない集落のような感じです。森林が荒廃してこのままでは駄目になるから、いますぐナタやノコギリを持って枝打ちに参加してほしいと呼び掛けても、現場までの道路が悪ければ誰も参加してくれません。私たちがいまやっているのはアクセスビリティ、現場に行きやすい道路をつくる仕事です。そうするだけでも、関心はあるが実際に行ったことがなかった人が動いてくれます。

――スタディツアーの内容がよく分かりました。ほかに修学旅行や教育旅行も企画していますね。

安部 スタディツアーで”道路”を通した後にこそ、本当の意味での「無関心の打破」が始まります。教育旅行や法人の研修は、本人の意思とは関係なく機会として存在しています。ここに組み込むことで、興味がない人も”道路”を通って社会課題の現場に足を運ぶのです。名所旧跡や観光名所を巡り歩く修学旅行は過去のものになりつつあります。それよりも今どこで何が問題か、よりよい社会をつくるためには何を学ばなければならないかを旅行に価値を見出している校長先生が増えてきました。企業も単に自社の売り上げだけを考えていればいい時代ではありません。社員が社会に対して幅広い関心を持ち、そこから事業を作っていくことが求められているのだと思います。

 地域の課題を可視化し、そこに人を送るということは以前から行っていましたが、ここ1、2年は自治体との協働も増えました。そういった事例がまとまったURLもあるので地域地方創生に取り組んでいる方たちはぜひ一度アクセスしてみてください。(http://ridilover.jp/regional_revitalization/)

 わが社の事業の柱は旅行ともう一つ「TRAPRO(トラプロ)」があります。これは人々の問題意識を集めて共有するプラットフォームウエブサイトです。ご関心ある方はこちらも是非。(http://www.trapro.jp/)

―最後に、社名のリディラバの由来について教えていただけますか。

安部 これは「Ridiculous things lover」、ばかばかしいことが好きな人という意味の英語を短くした造語です。最近は若者たちが社会課題を話題にしたり議論したりすることがカッコ悪いことだというイメージがあるのです。社会のいろいろな問題について積極的に話すことは面白いことだよというメッセージを込めて、この社名にしました。

                ※

 安部さんには二冊の著書がある。一冊は2015年に日経BP社から『いつかリーダーになる君たちへ』を出版された。これは世界で活躍できるチームづくりをテーマにしていて、プレゼンテーション、ディスカッション、ブレインストーミング、ファシリテーションをテーマにしたものだ。チームビルディングについては安部さんは東大の先生たちにも講義している。年配の教授たちはチョーク&トーク、黒板に文字を書いて、それについて話すという旧来型の授業形式から離れられない傾向があるらしい。この形式は先生の持っている知を生徒にインプットするだけで、新しい知の開発につながらない。教育の主流となりつつある「アクティブラーニング」、「創発」につながる新しい講義のスタイルを安部さんは創り上げたのである。セミナーやワークショップでコーディネーターやファシリティ役を務める機会がある人にはお勧めの本である。

 昨年12月、安部さんは二冊目の著書『日本につけるクスリ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)を出版した。経済学者で元総務大臣の竹中平蔵氏との対談で、非常に面白い。これからの日本をどうするかについて話し合っているのだが、互角の論戦でスリリングでさえある。安部さんの広範な情報と、地域を実際に回って身に付けた現場感覚、問題の本質は見抜く力が遺憾なくなく発揮されていている。

 本誌は安部さんの「無関心の打破」というキーワードに心底、感心した。なぜなら地方の最大の悩みは活動資金がないことではなく、人手が足らないことでもなく、企画力がなく、中央官庁や政治家など権力のある人とのパイプがないことでもなく、いちばんの悩みは住民の無関心だからである。まちやむらの衰退を食い止めようと一部の人たちが躍起になって行動しているが、住民の人たちは関心を示さない。自分たちの問題のはずなのに当事者意識がない。まちづくり集会などを企画しても地元住民の参加者は驚くほど少ないことを嘆いている方は多いのではないか。こんなことを常日ごろから感じていたので、安部さんの「無関心の打破」をビジネスにしていることに衝撃を受けた。

 最も重要なことだが誰もが不可能と諦めていたことに真正面から取り組んでいる姿勢に頭が下がった。社会の無関心が変れば確実に社会は一歩前に進むのである。『かがり火』は安部さんの壮大な取り組みを心から応援したいと思っている。

 

 

写真キャプション

(代表写真1)

新しいシステムで若い移住希望者を応援している「リディラバ」の安部敏樹さん。

 

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長野県信濃町へのスタディツアー。テーマは「みんなで作る新しい農活」。農業の衰退という社会課題も現場に足を運ぶことで関心度が深まる。

 

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単なる体験旅行ではない、地元の人と地域の資源について真剣に議論する。(長野県信濃町にて)

 

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高級家具の産地、広島県府中町では参加者は全員家具作りを体験。

 

 

『いつかリーダーになる君たちへ』(安部敏樹著。日経)BP社刊。1400円+税)

 

『日本につけるクスリ』(安部敏樹・竹中平蔵著。ディスカヴァー・トゥエンティワン刊。1500円+税)

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